地球表面に到達する紫外線は皮膚や眼に対して種々の障害を引き起こすため,太陽紫外線の人体への侵入を抑える方法の確立が緊急に必要とされている。肌を守るための化粧品であるサンスクリーン剤は皮膚上で紫外線を吸収/散乱し,生体への侵入を防ぐ作用をするが,生体への安全性の観点から,吸収された紫外線のエネルギーの行方,すなわち紫外線吸収剤分子の光励起状態から基底状態へ戻る緩和過程を明解にすることが必要である。
当研究室では,有機系の紫外線吸収剤として汎用されているUV-B(280-320 nm)吸収剤(ケイ皮酸誘導体,ショウノウ誘導体,マロン酸誘導体)およびUV-A(320-400 nm)吸収剤(ジベンゾイルメタン誘導体,アントラニル酸誘導体)を対象とした研究を行っている。有機系紫外線吸収剤の励起状態のエネルギー準位,寿命および発光量子収量を蛍光およびりん光測定から決定し,過渡吸収,時間分解熱レンズ,時間分解ESRなどの各種分光学的手法を併用して紫外線吸収剤が励起エネルギー(吸収した紫外線のエネルギー)を放出する機構を明らかにする研究を行っている。本研究の一部は当研究室と民間企業との共同研究として行われている。
生体内に存在するある種の物質は光増感剤として作用し,酸素分子の電子励起状態である一重項酸素が生成される。最近,ある種の紫外線吸収剤は一重項酸素の生成を抑制する機能を有することが分かり,その機構を明らかにする研究を行っている。
[1] Chemical Physics Letters 513, 63-66 (2011).
[2] Photochemical & Photobiological Sciences 10, 1902-1909 (2011).
[3] Photochemical & Photobiological Sciences 11, 1528-1535 (2012).
[4] Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry 474, 116989 (2026).
特に,UV-A吸収剤であるアントラニル酸メチル(MA)からUV-B吸収剤であるオクトクリレン(OCR)およびOMCへの三重項エネルギー移動の速度定数を室温溶液中で求め,三重項エネルギー移動は拡散律速過程であることを明らかにした[5]。
[5]Journal of Photochemistr and Photobiology A: Chemistry346, 396-400 (2017)
4-methylbenzylidenecamphor(MBC)等の有機系紫外線吸収剤は一重項酸素を光増感生成することが,一重項酸素の時間分解近赤外発光実験から判明した[6]。同時に,hexyl diethylaminohydroxybenzoylbenzoate(DHHB, Uvinul A Plus)等の有機系紫外線吸収剤は一重項酸素の消光剤としての機能を有することも判明した[7]。
[6] The Journal of Physical Chemistry A 117, 1413-1419 (2013).
[7]Photochemical & Photobiological Sciences 16, 1449-1457 (2017).
水溶性UV-B吸収剤としてサンスクリーン剤に配合されている2-phenylbenzimidazole-5-sulofonic acid (PBSA)は同じく水溶性ビタミンB2であるリボフラビン(RF)から一重項酸素が生成するのを抑制する機能を有することが分かった。リボフラビンの光励起三重項状態をPBSAが消光することが観測された生成抑制機構であることを明らかにした[8]。美白有効成分として化粧品に配合されているpotassium 4-methoxysalicylate (4-MSK)もPBSAと同様にリボフラビン光増感一重項酸素生成を抑制することが分かった[9]
[8] Chemistry Letters 52, 325-328 (2023).
[9] Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry 472, 116743 (2026).